アスターナ古墳群は高昌故城に住んでいた、麹氏高昌・唐代の貴族の墓地である。高昌故城の北方約1km、火焔山の南麓にある地下墳墓で、600基近くの墳墓が並んでいる。
 解放後の発掘によって、彩色泥俑・漆器・絹織物・文書・食料品などが出土し、当時のオアシス住民の生活・文化・風俗などを知る貴重な資料となっている。
 特に「トルファン文書」として知られる文書類は2700点にもおよび、トルファンのみならず、西域の政治・経済・軍事の諸制度から人々の生活ぶりを知る重要な手がかりを提供した。
 花鳥の壁画が残された墓室とガラスケースに2体のミイラが納められた墓室を見ることができる。この地が極度に乾燥した紀行のため保存状態が良く、墓室にか飾られた絹絵などは、
中国中原の中心的文化が辺境の地に浸透していたことを物語っている。
 私達は三つの墓室に入ったが、最初に入った墓は中国南部出身の金持ちの墓で、入り口の左右には副葬品を入れる副室があり、内部は4m四方くらいで正面には鳥や草が描かれ
た6つの壁画が並んでいる。
 二つ目の墓室にも副室があり、正面の壁画には四人の人物画が書かれており、そのうち三人の胸には玉人(物欲を慎む人)、金人(口を慎む人)、石人(必要なことを言う人)と書かれ
た札がついていた。残りの一人の胸には無地の札がついている。無地の札の人は木人(正直な人)であるとガイドから説明された。
 三つ目の墓室は庶民の墓で、内部も狭く壁画もない。60代の男と40代の女のミイラが置かれている。 




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